戸塚優斗の両親(父母)の顔画像と職業は?兄死去の理由と2人の母親

戸塚優斗の両親(父母)の顔画像と職業は?兄死去の理由と2人の母親

スノーボード・ハーフパイプ男子の戸塚優斗(とつかゆうと)選手。

若干20歳でありながら、2022年北京冬季オリンピックでは、
金メダル候補として大注目されています。

またイケメンとしても大人気で、
戸塚優斗選手の母親や父親の顔画像や兄弟についても
気になっている人が多いようです。

そこで今回は
戸塚優斗選手の両親(父親・母親)の顔画像や職業
戸塚優斗選手の兄弟や実家はどこ?
戸塚優斗選手の幼少期やスノーボードを始めるきっかけ

などについて詳しくお届けしていきたい思います。

目次

戸塚優斗ってどんな人?プロフィールと経歴や成績

まずは戸塚優斗選手がどんな人なのかサクッと見ていきましょう。

名前:戸塚優斗(とつか・ゆうと)
生年月日:2001年9月27日(20歳)(2022年1月現在)
出身:神奈川県横浜市保土ケ谷区生まれ
家族:父親、母親、戸塚優斗選手の3人家族
身長:169cm
 
体重:63kg
学歴:光明学園相模原高等学校➡︎日本体育大学
職業:スノーボーダーの選手
所属:ヨネックス

2歳からスノーボードを始めた戸塚優斗選手。

小学校3年生の頃にハーフパイプを始め、
なんと11歳でプロの資格を取得しています。

その後、2017年に15歳で初出場した
ワールドカップにて初優勝を飾り、通算6勝しています。

2018年の平昌冬季オリンピックでは11位、
2019年には世界選手権の準優勝、
2021年には世界選手権で金メダルを獲得しています。

2022年の北京冬季オリンピックでも金メダルが期待されています。

戸塚優斗の両親(父親)の顔画像と職業は?

戸塚優斗選手の父親の職業は、
一部でスノーボーダーとの情報
があります。

その理由として、戸塚優斗選手が現在所属している
スポーツ用品メーカーYONEXのHPには両親のことについて
このように書かれています。

両親の影響で3歳と物心つく前からスノーボードを始め、
小学3年生の時にHPの練習を始めてのめり込む。

YONEX HP

戸塚優斗選手は両親(父親・母親)の影響で、
スノーボードをわずか3歳から始めたようですね。

現時点で、戸塚優斗選手の父親の名前や顔画像、
職業等は明らかにされていません。


今後、戸塚優斗選手がオリンピックでメダルを獲得すれば、
両親(父親)への取材やインタビューに答える機会もありそうですね。

戸塚優斗の両親(母親)の顔画像と職業は?

戸塚優斗選手の母親も、戸塚優斗選手の父と同様
スノーボードの経験者だったようです。

そのことが確認できる記事として、戸塚優斗選手のwikipediaに記載があります。

戸塚優斗選手は両親の中でも、
特に母親の影響でスノーボードを始めたとの記載があります。

しかも、ひとり立ちして間もない
2歳の頃からスノーボードを始めていて、
母親の熱心さがわかりますね。

スノーボードは2歳の時から両親(特に母親)の影響を受けて始め、

戸塚優斗wikipedia

その時の様子を戸塚優斗選手はこう話しています。

戸塚優斗選手】
無理矢理やらされて。
立ってただけです。

また、戸塚優斗選手のスノーボードの練習に
幼い頃から母親がつきっきりで支えていたようです。

母親に連れられ3歳で始めたスノーボードの操作は、
小3で初めて入ったハーフパイプでも世代の群を抜いていた。(略)

その頃、泣きながら滑る戸塚少年の姿が
母親らにたびたび目撃されている。

日本経済新聞

現時点で、戸塚優斗選手の母親の名前や顔画像、
職業等は明らかにされていません。


今後、母親への取材やインタビューに答える機会もありそうですね。

戸塚優斗選手には、実の母親とは別に
母親のように慕うもう1人の母が存在します。

【顔画像】戸塚優斗のもう1人の母親は三井真紀

戸塚優斗選手には『第2のお母さん』とも言うべき女性が存在します。

その『第2のお母さん』とは、元トッププロライダーの三井真紀さん。

【三井真紀 プロフィール】
名前:三井真紀(みついまき)
生年月日:1974年3月14日 48歳(2022年現在)
出身地:東京都
職業:元プロスノーボーダー、元YONEXコーチ

三井真紀さんは2005年全日本SB選手権で優勝するほどの実力で、
現役引退後はYONEXのコーチとして戸塚優斗選手を支えていきます。

戸塚優斗選手とはYONEXのスノーボードのイベントで出会い、
その後、戸塚優斗選手のコーチとして、トップ選手に育て上げます。

しかし、戸塚優斗選手は一筋縄ではいかない子供だったようで、
当時のことを『第2の母親』である三井真紀コーチはこう話しています。

【三井真紀コーチ】
とにかく泣き虫だった。
ちょっと怒られたりすると、すぐぐずぐず泣いちゃうような

戸塚優斗選手、かっこいい滑りに対し、
かなり甘えん坊な男の子だったようですね。

当時のことを戸塚優斗選手もこう振り返っています。

戸塚優斗選手】
野菜を食べない。あいさつの声が小さい。
そっちのことばかり(三井真紀コーチに)言われていました

【三井真紀コーチ】
『おかあさ〜〜〜ん』って言ってきて
私の気持ちは第2のお母さんのつもりでいるんで、
(戸塚優斗選手の活躍は)やっぱりすごくうれしいですね。

本当に、戸塚優斗選手にとって三井真紀コーチは、
第2の母親の存在だったようですね。

戸塚優斗の兄と慕う柳原真央が死去の理由

戸塚優斗選手には『兄』と慕う柳原真央さんという男性がいました。

しかし、2011年12月、柳原真央さんは
スノーボードの大会に向かう途中、交通事故で亡くなっています。

柳原真央さんは、スノーボードの選手で将来を嘱望されていた
当時17歳のスノーボーダーでした。
2014年のソチオリンピックの候補選手として活躍。

【柳原真央選手のプロフィール】
名前:柳原真央(やなぎはらまお)
生年月日:1994年11月17日 (享年17歳)
職業:ハーフパイプ選手

戸塚優斗選手と柳原真央選手の関係は、
『同じYONEXのチームで、師弟関係』でした。

2人の関係をよく知る戸塚優斗選手のサポートショップの代表は、

「基本的にはスノーボードの先輩後輩なので、
元々はうまいお兄さんという感じ。
真央の滑りを見ながら、
優斗もここがカッコいいとか盗んでいたんじゃないかな」

また戸塚優斗選手は『兄』のように慕う柳原真央選手について
このように語っています。

戸塚優斗選手】
「滑り、技、生活面、礼儀とかを習いました。
あいさつが小さいってずっと怒られていた。
感謝もあるし、そういう気持ちを忘れずにやっていきたい

2022年冬季北京オリンピックで、
柳原真央さんや三井真紀コーチ、両親(父親・母親)のためにも
メダル獲得を期待したいですね。

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